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沼津簡易裁判所 平成6年(ろ)16号 判決

主文

被告人を罰金一五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある別紙没収目録記載の物を没収する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成六年二月五日午後一時三〇分ころから同日午後二時一六分ころまでの間、静岡県駿東郡清水町伏見三八二番地の二付近の黄瀬川河川敷において、自己の食用にする目的で、洋弓銃(クロスボウ)を使用して、マガモあるいはカルガモ目掛けて矢四本を発射し、もって、弓矢を使用する方法で狩猟鳥獣を捕獲したものである。

(証拠)(省略)

(被告人の主張に対する判断)

一  カモを捕獲していないとする主張について

被告人は、公判廷で、本件マガモやカルガモ目掛けて四本の矢を発射した事実は認めているが、他の人に射られないように、習性付けのため、威嚇のために、カモに命中しないように射たものであり、また、現実にカモを捕っていないので捕獲に当たらないと主張する。

証拠によれば、威嚇のためとする弁解については、被告人は、殺傷力のない矢を使うとか、その他なんらかの適切な又は相当な手段や方法で射たものではなく、被告人自身がカモを射止めるため殺傷力を強めるように工夫し作成した矢と弓を用い、以前に射止めたときと同一の方法で矢を射ているものであることや、被告人の犯行直後からの供述経過等に照らして、その主張は不合理不自然な点が多く、これを認めることはできない。

また、被告人は、現実にはカモを捕えていないものであるが、鳥獣保護及狩猟に関する法律(以下単に本法という。)一条の四第三項及び昭和五三年環境庁告示四三号(以下単に本告示という。)の三項「リ」において「弓矢を使用する方法」による「猟法を用いて捕獲をしてはならない」とする趣旨は、弓矢の使用によって鳥獣を狩猟する場合、その命中精度、威力などから傷を負わせた状態で鳥獣を逃走させる場合が多いこと等により、それが鳥獣の保護繁殖に支障を及ぼす結果となることがその規制の趣旨の一つであることなどを考慮すると、現実にカモを仕留めて獲物を自己の支配下においた場合のみに限らず、本件のようにカモを捕らえる目的で、カモを目掛けて矢を発射した場合も右条項にいう捕獲に当たるものと解するのが相当である。また、被告人は、捕獲の意味に関する裁判例を取り上げ、そこでは、現実に自己の実力支配内に入れた場合が捕獲に当たるとしていると主張する。被告人の言う裁判例が何を指すかは明らかではないが、同じ本法一条の四第三項の規制に関するものでも、他に諸種の規制があり、その規制の性質によっては捕獲の意味を被告人主張のように解釈すべきこともあり得ることは、考えられるところではあるが、本件のように、弓矢を使用した事案においては、前記のとおり解することが相当であり、被告人の主張は採用できない。

二  弓矢の使用を禁止するならば、立法による法律の規定で禁止すべきで、告示で禁止したことは憲法四一条に反する。本告示の禁止は、免許、登録を受けて狩猟する者に適用されるとの主張について

本法一条の四第三項では、「環境庁長官又は都道府県知事は狩猟鳥獣の保護蕃殖のため必要と認めるときは狩猟鳥獣の種類、区域、期間又は猟法を定めその捕獲を禁止又は制限することを得」と定め、同法二二条二項に「一条の四第三項の規定に依る禁止又は制限に違反したる者」についての罰則が定められ、一条の四第三項の委任による具体的定めとして本告示に「次の猟法を用いて捕獲をしてはならない。」として「弓矢を使用する方法」を定めている。このように、罰則を定めた法律の規定が、違反対象行為を完全に指定することなく、他の法規又は行政庁の命令や処分でその違反とされる行為の構成要件を定め、これに依ることとしている例は、特別刑法において多く見られるところで、その違法違憲でないことは、憲法の規定とその解釈上明らかなところである。本法は、国会の立法による法律自体で環境庁長官に禁止事項等を定めることを委任し、本告示で環境庁長官がその定めをし、その違反に対する罰則を本法に規定しているものであって、被告人の主張は、独自な見解であって採用することはできない。

また、弓矢による猟法の禁止は、登録を受けた者に適用されるもので、法定猟具以外の弓矢を猟具とする者には適用されないとの主張は、法定猟具である鉄砲や網、罠によって狩猟鳥獣を捕獲しようとする者は、免許、登録を必要とし、そのための諸種の定めが本法等に規定されているものであるが、そうした猟法による者だけに対して弓矢を禁じても意味がなく、また、本法の規定からも、そうした者に対してのみ禁止したものと解する余地はない。

そして、被告人自身、弓矢を使用する方法の違法性について、本告示の存在や説明を聞いていたにもかかわらず、あえて独自な自説を固執し続けて本件犯行を行なったもので、その違法性の認識にも欠けるところはない。

三  弓矢の使用を禁止する定めが初めてされた昭和四六年の農林省令五一号は、制定過程で利害関係人の意見を聞かず、公聴会も審議会も開かなかった違法な制定であるとの主張について

被告人は、昭和四六年一月一三日付官報号外に、閣議報告の内容が掲載され、その中には記載のない弓矢の禁止が前記昭和四六年の省令に取りこまれ、環境庁の本告示がこれをそのまま引き継いでいるが、その制定に当たり、法律で求めている公聴会等の所要の手続きを経なかった違法を主張し、閣議から短い期間で省令が制定されていること、被告人が図書館等で官報等を調査したが、利害関係人から意見を聞いたり、公聴会や審議会が開かれた記事が見当たらなかったこと、さらに、環境庁に照会したが回答がなかったこと等をその根拠としている。

当時、鳥獣の狩猟と保護に関して社会問題となり、その対処について、関係省庁の協力の必要等から昭和四五年一一月二七日閣議に報告があり、その主な内容がたまたま前記の日に官報号外に掲載されたこと、昭和四六年六月二八日付農林省令五一号に弓矢の使用についての本告示と同様の定めがされていることは、証拠によって認められるが、その余の被告人の主張は、なんらの具体的な制定手続きの瑕疵を主張するものではなく、単に検討期間その他から見て、所要の手続きを経ず、閣議報告のみに基づいて、農林省が勝手に弓矢の使用禁止を盛り込んで制定したのではないかという、被告人の憶測をもとにした根拠のない主張であり、自己の独自の見解を固執する余りにした主張と認められるもので、具体的にその制定の瑕疵を窺わせるなにものもない本件では、これを採用することはできない。

(法令の適用)

罰条     鳥獣保護及狩猟に関する法律二二条二号、一条の四第三項、昭和五三年環境庁告示四三号三項「リ」

刑種     罰金刑選択

労役場留置  刑法一八条

没収     刑法一九条一項一号、二号、二項

(検察官松村葉子出席)

(別紙)

没収目録 押収番号平成六年押第四号

〈省略〉

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